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新年あけましておめでとうございます!木曜担当の奥田です。…とはいえ、三年生のみなさんにとっては、「お正月気分」も「おめでとう」も、すこし先までおあずけですね(某予備校の壁に、『俺たちの正月は三月だ!』みたいなスローガンが掲げてあったのを思い出しました。なるほど上手いこと言いますね、笑)。センターまでのこりわずか、これまでの自分の努力を信じて、最後まで突き進んでいきましょう!(もちろん、余り無理をせず、体調管理をこれまで以上にしっかりとすることも大切ですよ!)
さて、なんだかんだで前回の更新から三週間がたってしまっているわけですが(月刊にはならないように頑張りました)、予告どおり今回も小論文のお話を。
前回のラストで、「パターン化した小論文を放棄せよ!」と大上段に言い放って“To Be
Continued...”したわけですが、今回はこの点を具体的に説明していこうと思います。それはとりもなおさず、小論文対策としてどのような勉強をするべきか、という話につながってきます。
このことを考えていくにあたって、まずは小論文の出題者の立場に立ってみましょう。機械的にパターンに当てはめただけの答案が氾濫すると、試験を課す大学側としてはどのような対処をすることが考えられるでしょうか。
①小論文なんてやーめた!
②何も考えずにパターンに当てはめた人が引っかかるような意地悪な問題にする
③そもそも頻出パターンとして想定されていないテーマを問題にする
④内容が全員同じならば、せめて字のうまい人を合格させる
①については前回でも触れた通り、悲しいかな、現に多くの大学で採られている措置です。問題は、このような現状の中、それでもなお大学が小論文の出題を続ける場合、すなわち②以下の場合だということになります。それぞれについて考えてみましょう。
まずは②の場合。出題の仕方としていろいろなバリエーションが考えられますが、たとえば“人間の都合で自然環境に手を加えることは、いかなる状況において許されるか”といった問題があったとしましょう。ここで、「自然環境に手を加える=環境破壊!」と単純に考えて頻出パターンに飛びついて、ひたすら「環境破壊、ヨクナイ!!」みたいな論調で突っ走ってしまうと、まあ間違いなくバッサリと斬り捨てられてしまうでしょう。ここで問われているのは、あくまでも“自然環境の人為的改変”であって“環境破壊”ではありません。生態系との調和を図りつつ、人類の発展、福祉にも資するような改変ならば、頭ごなしに否定する必要もないはずです。ところが、パターンに当てはめて答案を書くことしか知らない受験生の場合、ともすれば問題文の方を、手持ちのパターンに沿うように都合よく読み変えてしまいがちなのです。それこそ問題文の改変どころか、問題文破壊もいいところです。このように、パターンにそのまま当てはめるだけだと、出題趣旨とかけはなれた答案になってしまうような引っかけを用意している問題が、近年しばしばみられるようになっています。
次に③の場合。たとえば、パターン当てはめ型の参考書がまだ取り扱っていないような新しい問題だったり、あるいは、問題のテーマ設定そのものがかなり特殊なもので、頻出パターンといえないような問題などが考えられます。②の場合は、まだいちおう小論文の体裁になった答案ができ上がる分いくらかマシともいえますが、このように完全にパターンのらち外のことを問われると、パターン勉強しかしていない受験生は途方に暮れてしなうか、内容の乏しい文章しか書けなくなってしまうでしょう。そうだとすると、“新型インフルエンザワクチンの接種につき、年齢と持病の有無によって一律に優先順位をつけることの是非を論ぜよ”といった出題に、「僕たち受験生にも配慮をしてくれなくては困る!」といった、客観性に欠けた感情論を展開してしまうことにもなりかねません。
最後に④ですが、字の巧拙について僕には助言をする資格はありません(僕の板書の字を見てもらえば、納得できるかと)。蒼井優ちゃんみたいにユーキャンにでも申し込んでください。というより、こんな採点基準を採るような大学に行っちゃ駄目です!!(おそらく無いとは思いますが、笑)
以上をまとめると、入試小論文を目指すにあたっては、パターンにそのまま当てはめることはせず、出題者の意図にきちんと沿った答案にし(②)、初見の問題にも的確に対応すること(③)ができるような勉強をするべきだ、ということになります(もちろん、他人が判読できるくらいの字を書くことは最低限必要ですが)。そして、②と③がじつは「パターン化された思考は柔軟性を欠く」というところから来ている共通の問題であることに鑑みれば、おのずとどのような勉強をすればいいのかが見えてくるのです。
すなわち、「あらゆる出題のバリエーションに対応できるような、本質的な思考枠組を持っておく」ことが重要なのです。こまかなテーマひとつひとつについて、ピンポイントでパターンを用意しておくより、さまざまなテーマに共通して存在する背景知識をひとつ知っておく方が、近時の小論文には対処しやすいということです。A、B、Cという三つのテーマに対して、それぞれA'、B'、C'という三つのパターンを覚えておくのではなく、ABCというテーマを含む上位の背景知識(Xとします)を勉強しておけば、仮に変則パターンであるa、b、c、あるいは想定外のDなどといったテーマが出題されても、すべてXで説明できるかもしれないのです。
とはいえ、言うは易く行うは難しであって、そのような背景知識を得るにはどのような勉強をすればいいのでしょうか。じつは、それほど特殊なことが要求されているわけではありません。現代文を読み解く際に、最小限知っておいた方がよいとされる知識があるというのは御存知でしょうが、それらは、小論文を攻略する際にも重要なカギとなるのです。たとえば、近代精神の柱ともいえるデカルトの“物心二言論”。評論文を読んでいるとそこかしこで顔を出すといってもいいすぎではないキーワードですが、ここから臓器移植の問題も、環境破壊の問題も説明ができると考えられています。(詳しく書くと長くなるので、気になる人には直接教えます)
つまり、現代社会の諸問題の多くは共通の根っこを持っていて、その根っこさえおさえておけばいろいろなテーマの出題に対応できるというわけです。そして、「そんなもの知らずに現代文を読んでいました」という人は、今からでも遅くありません。覚えるべきことは少ししかないので、チェックしておきましょう。もちろん、現代文読解のヒントにもなるはずです。
理想は高校の現代文の教科書を再読して、それらの知識を自分でまとめるのが一番なのかもしれませんが、そんな悠長なことはいってられないという人も多いはず(僕もそうでしたし)。そこでおススメの参考書として、長尾達也「小論文を学ぶ-知の構築のために」(山川出版)をあげておきます。必要な知識がコンパクトかつ詳細にまとめられていますし、大学に入ってからも役立つような内容ですから(パターン当てはめ型の参考書ではありません)、一部むずかしいと感じる部分もあると思いますが、なるべく多くの受験生に読んでもらいたい一冊です。
さて、今回は長くなりましたがこのくらいにしておいて、次回の更新では答案の書き方についてコメントしていきたいと思います。…気づけば3000字に届きつつあってビビり出した奥田パパでした。(次回はなるべくもう少しコンパクトに…)
さて、なんだかんだで前回の更新から三週間がたってしまっているわけですが(月刊にはならないように頑張りました)、予告どおり今回も小論文のお話を。
前回のラストで、「パターン化した小論文を放棄せよ!」と大上段に言い放って“To Be
Continued...”したわけですが、今回はこの点を具体的に説明していこうと思います。それはとりもなおさず、小論文対策としてどのような勉強をするべきか、という話につながってきます。
このことを考えていくにあたって、まずは小論文の出題者の立場に立ってみましょう。機械的にパターンに当てはめただけの答案が氾濫すると、試験を課す大学側としてはどのような対処をすることが考えられるでしょうか。
①小論文なんてやーめた!
②何も考えずにパターンに当てはめた人が引っかかるような意地悪な問題にする
③そもそも頻出パターンとして想定されていないテーマを問題にする
④内容が全員同じならば、せめて字のうまい人を合格させる
①については前回でも触れた通り、悲しいかな、現に多くの大学で採られている措置です。問題は、このような現状の中、それでもなお大学が小論文の出題を続ける場合、すなわち②以下の場合だということになります。それぞれについて考えてみましょう。
まずは②の場合。出題の仕方としていろいろなバリエーションが考えられますが、たとえば“人間の都合で自然環境に手を加えることは、いかなる状況において許されるか”といった問題があったとしましょう。ここで、「自然環境に手を加える=環境破壊!」と単純に考えて頻出パターンに飛びついて、ひたすら「環境破壊、ヨクナイ!!」みたいな論調で突っ走ってしまうと、まあ間違いなくバッサリと斬り捨てられてしまうでしょう。ここで問われているのは、あくまでも“自然環境の人為的改変”であって“環境破壊”ではありません。生態系との調和を図りつつ、人類の発展、福祉にも資するような改変ならば、頭ごなしに否定する必要もないはずです。ところが、パターンに当てはめて答案を書くことしか知らない受験生の場合、ともすれば問題文の方を、手持ちのパターンに沿うように都合よく読み変えてしまいがちなのです。それこそ問題文の改変どころか、問題文破壊もいいところです。このように、パターンにそのまま当てはめるだけだと、出題趣旨とかけはなれた答案になってしまうような引っかけを用意している問題が、近年しばしばみられるようになっています。
次に③の場合。たとえば、パターン当てはめ型の参考書がまだ取り扱っていないような新しい問題だったり、あるいは、問題のテーマ設定そのものがかなり特殊なもので、頻出パターンといえないような問題などが考えられます。②の場合は、まだいちおう小論文の体裁になった答案ができ上がる分いくらかマシともいえますが、このように完全にパターンのらち外のことを問われると、パターン勉強しかしていない受験生は途方に暮れてしなうか、内容の乏しい文章しか書けなくなってしまうでしょう。そうだとすると、“新型インフルエンザワクチンの接種につき、年齢と持病の有無によって一律に優先順位をつけることの是非を論ぜよ”といった出題に、「僕たち受験生にも配慮をしてくれなくては困る!」といった、客観性に欠けた感情論を展開してしまうことにもなりかねません。
最後に④ですが、字の巧拙について僕には助言をする資格はありません(僕の板書の字を見てもらえば、納得できるかと)。蒼井優ちゃんみたいにユーキャンにでも申し込んでください。というより、こんな採点基準を採るような大学に行っちゃ駄目です!!(おそらく無いとは思いますが、笑)
以上をまとめると、入試小論文を目指すにあたっては、パターンにそのまま当てはめることはせず、出題者の意図にきちんと沿った答案にし(②)、初見の問題にも的確に対応すること(③)ができるような勉強をするべきだ、ということになります(もちろん、他人が判読できるくらいの字を書くことは最低限必要ですが)。そして、②と③がじつは「パターン化された思考は柔軟性を欠く」というところから来ている共通の問題であることに鑑みれば、おのずとどのような勉強をすればいいのかが見えてくるのです。
すなわち、「あらゆる出題のバリエーションに対応できるような、本質的な思考枠組を持っておく」ことが重要なのです。こまかなテーマひとつひとつについて、ピンポイントでパターンを用意しておくより、さまざまなテーマに共通して存在する背景知識をひとつ知っておく方が、近時の小論文には対処しやすいということです。A、B、Cという三つのテーマに対して、それぞれA'、B'、C'という三つのパターンを覚えておくのではなく、ABCというテーマを含む上位の背景知識(Xとします)を勉強しておけば、仮に変則パターンであるa、b、c、あるいは想定外のDなどといったテーマが出題されても、すべてXで説明できるかもしれないのです。
とはいえ、言うは易く行うは難しであって、そのような背景知識を得るにはどのような勉強をすればいいのでしょうか。じつは、それほど特殊なことが要求されているわけではありません。現代文を読み解く際に、最小限知っておいた方がよいとされる知識があるというのは御存知でしょうが、それらは、小論文を攻略する際にも重要なカギとなるのです。たとえば、近代精神の柱ともいえるデカルトの“物心二言論”。評論文を読んでいるとそこかしこで顔を出すといってもいいすぎではないキーワードですが、ここから臓器移植の問題も、環境破壊の問題も説明ができると考えられています。(詳しく書くと長くなるので、気になる人には直接教えます)
つまり、現代社会の諸問題の多くは共通の根っこを持っていて、その根っこさえおさえておけばいろいろなテーマの出題に対応できるというわけです。そして、「そんなもの知らずに現代文を読んでいました」という人は、今からでも遅くありません。覚えるべきことは少ししかないので、チェックしておきましょう。もちろん、現代文読解のヒントにもなるはずです。
理想は高校の現代文の教科書を再読して、それらの知識を自分でまとめるのが一番なのかもしれませんが、そんな悠長なことはいってられないという人も多いはず(僕もそうでしたし)。そこでおススメの参考書として、長尾達也「小論文を学ぶ-知の構築のために」(山川出版)をあげておきます。必要な知識がコンパクトかつ詳細にまとめられていますし、大学に入ってからも役立つような内容ですから(パターン当てはめ型の参考書ではありません)、一部むずかしいと感じる部分もあると思いますが、なるべく多くの受験生に読んでもらいたい一冊です。
さて、今回は長くなりましたがこのくらいにしておいて、次回の更新では答案の書き方についてコメントしていきたいと思います。…気づけば3000字に届きつつあってビビり出した奥田パパでした。(次回はなるべくもう少しコンパクトに…)
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皆さま、お久しぶりです。木曜担当チューターの奥田です。覚えておいででしょうか…?(笑)
前回、二ヶ月ぶりの更新で筆無精だ武将ブームだとわあわあ騒いでおりましたが、気がつけばあれから三ヶ月経っていたのですね。季節はいつの間にか秋から冬になってしまいました。このまま、「季刊・奥田ブログ」になってしまうのは避けねばならない事態なので、頑張って月刊、いや、週刊でお届けできるようにブログ執筆を習慣づけていきたいと思います。
さて、遅筆とはいえ筆まめな(笑)僕が三ヶ月も更新をせず、終いに「ブログ更新しなきゃ学知クビね」と通告される夢まで見たのには(しかもそのことをTwitterでつぶやいてみたら、正夢になってしまったという)、当然わけがあったんです。というのも、七月の更新で言及した法科大学院の入学試験が先月末にあり、それまでは、ブログを書きたいのはやまやまなんだけれどもナミダをのんで更新を断念してきた、というわけですね。東大法学部の内部生でも3割ほどしか受からないというなかなかタフな試験でしたが、先日掲示板に自分の受験番号を確認することができました。掲示板で試験の合格を確認するのは、5年前に自動車免許を取って以来、その前をさかのぼれば10年前の中学入試のとき以来でしたから、感動もひとしおでした。
試験前に折に触れて応援してくださった学知スタッフの皆さん、直前期にピンチヒッターとして木曜の教室に入ってくれたチューターさん、そして、試験前に激励してくれた生徒の皆さん(完全に本来と立場が逆なのですが、笑)には、この場を借りて感謝のことばをのべたいと思います。本当にありがとうございました。ようやく生徒の皆さんの指導に集中できる状態にもどってきたので、今度は僕が直前期の皆さんをサポートすることで、この恩返しをしていこうと考えています。
…すこし長めの前置きはこのくらいにして、本題。先述のとおり、更新を放置してきた僕への最後通牒が正夢となったわけですが、同時に今回書くべきテーマを与えてもらいました。そのテーマとは“小論文”。
個別指導という性質上、学知のチューターはいろいろな科目を指導することが要請されますが、その中で(じつは)僕が一番教えていて楽しいと感じるのが、小論文だったりします。もちろん、小論文で受験するという人は少数派ですし、英語や数学といったものとくらべるとどうしても“マイナー科目”という感は否めません。しかしながら、毎年少ないながらも必ず指導のニーズがあり、なおかつほとんどの人はこれといった方法論を持ち合わせたうえで勉強できていないのが、この小論文なのです。だからこそ、指導にも気合いが入りますし、なにより皆さんの答案を見ると、ほんとうに一人ひとりの個性が見えるので面白いのです。
とかく小論文というと、「出題別パターン化」をして教える向きがあります。しかし、大学入試が選抜試験としての機能を有する以上、型にはまった無個性な答案が氾濫してしまうと、小論文を試験科目として課す意義が失われてしまうでしょう。そのような傾向に大学側が辟易として、小論文を試験科目から廃止してしまう大学が増えたとも聞きます。そんな中であえて小論文で受験をしようとする人は、まず「パターン化」された答案作りを放棄する勇気を持たなくてはなりません。つまり、自分の個性を大切にするべきだということです。なぜならば、画一化された答案が多数を占める中で、書き手の個性が光る答案があれば、採点者は自ずと後者に良い心証をいだくものだといえるからです。まずは、このことをしっかりと意識することが大切です。
そして、そのことを前提とした勉強の仕方、具体的な答案の書き方などについては、すこし長くなるので次回以降の更新でなるべく早く示していこうと思います。お楽しみに!
それでは次回の更新でお会いしましょう。…シリーズ化によって小論文ネタを小出しにし、更新頻度を向上させようなどとコソクなことを考えているわけでは決してなく、「少量かみくだきながら学んでもらう」という、もっぱら教育的な観点から望ましいという理由で強引に“次回へつづく”の展開へ持っていった、奥田パパでした!(さすがに苦しいかな…)
前回、二ヶ月ぶりの更新で筆無精だ武将ブームだとわあわあ騒いでおりましたが、気がつけばあれから三ヶ月経っていたのですね。季節はいつの間にか秋から冬になってしまいました。このまま、「季刊・奥田ブログ」になってしまうのは避けねばならない事態なので、頑張って月刊、いや、週刊でお届けできるようにブログ執筆を習慣づけていきたいと思います。
さて、遅筆とはいえ筆まめな(笑)僕が三ヶ月も更新をせず、終いに「ブログ更新しなきゃ学知クビね」と通告される夢まで見たのには(しかもそのことをTwitterでつぶやいてみたら、正夢になってしまったという)、当然わけがあったんです。というのも、七月の更新で言及した法科大学院の入学試験が先月末にあり、それまでは、ブログを書きたいのはやまやまなんだけれどもナミダをのんで更新を断念してきた、というわけですね。東大法学部の内部生でも3割ほどしか受からないというなかなかタフな試験でしたが、先日掲示板に自分の受験番号を確認することができました。掲示板で試験の合格を確認するのは、5年前に自動車免許を取って以来、その前をさかのぼれば10年前の中学入試のとき以来でしたから、感動もひとしおでした。
試験前に折に触れて応援してくださった学知スタッフの皆さん、直前期にピンチヒッターとして木曜の教室に入ってくれたチューターさん、そして、試験前に激励してくれた生徒の皆さん(完全に本来と立場が逆なのですが、笑)には、この場を借りて感謝のことばをのべたいと思います。本当にありがとうございました。ようやく生徒の皆さんの指導に集中できる状態にもどってきたので、今度は僕が直前期の皆さんをサポートすることで、この恩返しをしていこうと考えています。
…すこし長めの前置きはこのくらいにして、本題。先述のとおり、更新を放置してきた僕への最後通牒が正夢となったわけですが、同時に今回書くべきテーマを与えてもらいました。そのテーマとは“小論文”。
個別指導という性質上、学知のチューターはいろいろな科目を指導することが要請されますが、その中で(じつは)僕が一番教えていて楽しいと感じるのが、小論文だったりします。もちろん、小論文で受験するという人は少数派ですし、英語や数学といったものとくらべるとどうしても“マイナー科目”という感は否めません。しかしながら、毎年少ないながらも必ず指導のニーズがあり、なおかつほとんどの人はこれといった方法論を持ち合わせたうえで勉強できていないのが、この小論文なのです。だからこそ、指導にも気合いが入りますし、なにより皆さんの答案を見ると、ほんとうに一人ひとりの個性が見えるので面白いのです。
とかく小論文というと、「出題別パターン化」をして教える向きがあります。しかし、大学入試が選抜試験としての機能を有する以上、型にはまった無個性な答案が氾濫してしまうと、小論文を試験科目として課す意義が失われてしまうでしょう。そのような傾向に大学側が辟易として、小論文を試験科目から廃止してしまう大学が増えたとも聞きます。そんな中であえて小論文で受験をしようとする人は、まず「パターン化」された答案作りを放棄する勇気を持たなくてはなりません。つまり、自分の個性を大切にするべきだということです。なぜならば、画一化された答案が多数を占める中で、書き手の個性が光る答案があれば、採点者は自ずと後者に良い心証をいだくものだといえるからです。まずは、このことをしっかりと意識することが大切です。
そして、そのことを前提とした勉強の仕方、具体的な答案の書き方などについては、すこし長くなるので次回以降の更新でなるべく早く示していこうと思います。お楽しみに!
それでは次回の更新でお会いしましょう。…シリーズ化によって小論文ネタを小出しにし、更新頻度を向上させようなどとコソクなことを考えているわけでは決してなく、「少量かみくだきながら学んでもらう」という、もっぱら教育的な観点から望ましいという理由で強引に“次回へつづく”の展開へ持っていった、奥田パパでした!(さすがに苦しいかな…)
こんにちは!木曜担当チューターの奥田です。
本当にお久しぶりです…すでに前の更新からふた月近くたっているんですね。「不承不承書いてるわけではありませんよ!!」と前回いったのが大ウソになってしまわぬうちに、更新しておこうと思います(笑)。しかしまあ、“不承不承”ではなものの、“筆無精”なのは否めませんね。でも、最近“ブショウブーム”っていうじゃないですか!(とんだ“武将”違い)
素直に謝ります。ホッタラケにしてすみませんでした!!
さて、約二ヶ月ぶりの今回の話題ですが、皆さんにはお気に入りの文房具ってありますか?受験にかかわらず、勉強を長く続けていると使っている文具にも自然と愛着が湧くというもの。となれば、なるべく自分にとって使い勝手の良いもの、見た目に惚れたものなどなど、こだわりをもって選びたいところです。
僕の場合、ボールペンはパイロット社製!と決めています。もともとは万年筆のメーカーだからでしょうか、少しだけ紙に“引っかかり”が残る独特の書き味がたまりません。その中でもおススメなのがこの、

パイロット HI-TEC-C Coleto ですね。
絶妙な書き味もさることながら、インクの乗りもとてもよく、本を読みながらチェックをつけるのに最適なボールペンだと思います。
ただ、このペンの真髄はこんなところにあるのではないんですね…。ペンの上部を見てみるとあら不思議

かわいいうさぎさんなんですね~!
これ発見したときはいてもたってもいられず、その場で×印で口をつけました(笑)。
この「うさぎさん仕様Coleto」ですが、すでに一部の生徒さんへの布教に成功。個別の教室が“うさぎ小屋”になる日も近い…。
このボールペンで本にチェックをつけている、と言いましたが、「三色ボールペンで文章を読む」というのは受験生時代から僕が続けている習慣でして、文章読解のスキルアップに役立つものなのではないかと思っています。詳しい話はまた次回!
秋になり、これから受験勉強も大詰めにさしかかりますが、それを支えてくれる“頼れる相棒”を皆さんも探してみてはいかがでしょうか?少しだけ気分良く勉強できるようになるかもしれませんよ!!
それではまた次回の更新でお会いしましょう。…「パパ」と呼ばれてはいるものの、ボールペンにうさぎを見出すような“みずみずしい感性”も持ち合わせているんだよ!ということをアピールしたかった奥田パパでした。
本当にお久しぶりです…すでに前の更新からふた月近くたっているんですね。「不承不承書いてるわけではありませんよ!!」と前回いったのが大ウソになってしまわぬうちに、更新しておこうと思います(笑)。しかしまあ、“不承不承”ではなものの、“筆無精”なのは否めませんね。でも、最近“ブショウブーム”っていうじゃないですか!(とんだ“武将”違い)
素直に謝ります。ホッタラケにしてすみませんでした!!
さて、約二ヶ月ぶりの今回の話題ですが、皆さんにはお気に入りの文房具ってありますか?受験にかかわらず、勉強を長く続けていると使っている文具にも自然と愛着が湧くというもの。となれば、なるべく自分にとって使い勝手の良いもの、見た目に惚れたものなどなど、こだわりをもって選びたいところです。
僕の場合、ボールペンはパイロット社製!と決めています。もともとは万年筆のメーカーだからでしょうか、少しだけ紙に“引っかかり”が残る独特の書き味がたまりません。その中でもおススメなのがこの、

パイロット HI-TEC-C Coleto ですね。
絶妙な書き味もさることながら、インクの乗りもとてもよく、本を読みながらチェックをつけるのに最適なボールペンだと思います。
ただ、このペンの真髄はこんなところにあるのではないんですね…。ペンの上部を見てみるとあら不思議

かわいいうさぎさんなんですね~!
これ発見したときはいてもたってもいられず、その場で×印で口をつけました(笑)。
この「うさぎさん仕様Coleto」ですが、すでに一部の生徒さんへの布教に成功。個別の教室が“うさぎ小屋”になる日も近い…。
このボールペンで本にチェックをつけている、と言いましたが、「三色ボールペンで文章を読む」というのは受験生時代から僕が続けている習慣でして、文章読解のスキルアップに役立つものなのではないかと思っています。詳しい話はまた次回!
秋になり、これから受験勉強も大詰めにさしかかりますが、それを支えてくれる“頼れる相棒”を皆さんも探してみてはいかがでしょうか?少しだけ気分良く勉強できるようになるかもしれませんよ!!
それではまた次回の更新でお会いしましょう。…「パパ」と呼ばれてはいるものの、ボールペンにうさぎを見出すような“みずみずしい感性”も持ち合わせているんだよ!ということをアピールしたかった奥田パパでした。
皆さんこんにちは。木曜チューター奥田です。新たに加賀谷くんも執筆陣に加わり、いよいよ盛り上がりをみせる学知公式ブログ!!…と思いきや、ここ最近ぐっと更新頻度が下がっていることにお気づきでしょうか?
学知チューター陣が揃いもそろって三日坊主というわけではなく(学知の信用問題にかかわります、笑)、これには切実な理由があります。すなわち、学知チューターのみならず、この時期多くの大学生はテスト期間の真っただ中。そして、高校生の皆さんと同じく、僕たち大学生もテスト前になると急にあせります(もちろん例外はあり)。なので、間違っても“つれづれなるまま”にブログを書いている時間がないのです。というか、あってはいけないはずなのです。
では、今つらつらとブログを書いている僕はどうなんだということになりますが、テストを軽んじているわけでも早々にあきらめているわけでもありません。そうではなく、僕の所属する法学部は試験が9月なので、「学知ブログの活況を維持する為ひとネタ投下せよ」との命がボスから下ったのです。とはいえ不承不承書いてるわけではありませんよ!!(笑)
ところで、試験が9月にあるということは何を意味するのでしょう。これって、つまり、「夏休みはたっくさん、死ぬ気で勉強してね^^」という学部からの(生)あたたかいメッセージでしょう。実際、ひと夏がっつり勉強しないと間に合わない分量だったりします。
というわけで、夏休みは受験生の皆さんと同じくらい勉強するつもりの(せざるを得ない)僕ですが、昨日は夏に向けて勉強のモチベーションをあげるために、裁判を傍聴しにいってきました。ニュースにもなった有名な事件なので、朝から傍聴券を手に入れるために裁判所の前に並んだり、法廷でテレビカメラに後ろ姿を撮られるなど、なかなかレアな経験をしましたよ。
その日の裁判は判決を言い渡すだけのものだったので、弁護人と検察官のやり取りは見られませんでした。しかし、いま自分が大学で勉強していることが実際の判決の中でどのように運用されているのかを知ることができて、とてもいい経験になったと思います。また、主文(罪の有無、量刑など)読み上げの際の被告人の様子や弁護士の表情など、刑事裁判の法廷の独特の緊張感も体感することができました。
そして、昨日は夕方から学知で個別指導もしたんですが、そこである生徒に傍聴の話をしました。で、そこで気づいたのが、僕がモチベーションアップのために裁判所に行くのは、受験生がじぶんの志望大学を見に行くのとまったく同じだということです。
僕は、法廷の様子を眺めながら、将来じぶんがそこに立っている(もちろん被告人としてではなく!)時の姿を想像して内心にやにやしていました。かつて高校生だったときの僕も、愛知から東大のキャンパスまでやってきて、将来そこを闊歩する(もちろん単なる散歩中の人としてではなく!)じぶんの姿を思い浮かべて(その時は露骨に、笑)にやにやしていました。
じぶんが望む“自分の姿”を具体的にイメージできると、自然ともう少しがんばろう、という気分になれるはず。
長い夏休み、ちょっと勉強するのに疲れたら、半日ぐらい志望校のキャンパスを散歩してみるのも良いかもしれません。遠くてすぐには行けないという人は、近所の大学でも構わないと思います。どこであれ、大学には“学問の場”としての独特の雰囲気が備わっています。そういった雰囲気の中で勉強する自分の姿を想像して、再び勉強を続けるエネルギーを大学のキャンパスから分けてもらいましょう。
夏休みにいかにモチベーションを維持して勉強できるかが、秋以降の実力アップ、ひいては入試合格にもつながります。そういう意味では、タイトルのことばもあながち大げさなものではないはずですし、ましてやおやじギャグ(ry
それでは次回の更新でお会いしましょう!…そろそろタイトルのネタも苦しくなってきた奥田パパでした(いいネタ募集中!)
学知チューター陣が揃いもそろって三日坊主というわけではなく(学知の信用問題にかかわります、笑)、これには切実な理由があります。すなわち、学知チューターのみならず、この時期多くの大学生はテスト期間の真っただ中。そして、高校生の皆さんと同じく、僕たち大学生もテスト前になると急にあせります(もちろん例外はあり)。なので、間違っても“つれづれなるまま”にブログを書いている時間がないのです。というか、あってはいけないはずなのです。
では、今つらつらとブログを書いている僕はどうなんだということになりますが、テストを軽んじているわけでも早々にあきらめているわけでもありません。そうではなく、僕の所属する法学部は試験が9月なので、「学知ブログの活況を維持する為ひとネタ投下せよ」との命がボスから下ったのです。とはいえ不承不承書いてるわけではありませんよ!!(笑)
ところで、試験が9月にあるということは何を意味するのでしょう。これって、つまり、「夏休みはたっくさん、死ぬ気で勉強してね^^」という学部からの(生)あたたかいメッセージでしょう。実際、ひと夏がっつり勉強しないと間に合わない分量だったりします。
というわけで、夏休みは受験生の皆さんと同じくらい勉強するつもりの(せざるを得ない)僕ですが、昨日は夏に向けて勉強のモチベーションをあげるために、裁判を傍聴しにいってきました。ニュースにもなった有名な事件なので、朝から傍聴券を手に入れるために裁判所の前に並んだり、法廷でテレビカメラに後ろ姿を撮られるなど、なかなかレアな経験をしましたよ。
その日の裁判は判決を言い渡すだけのものだったので、弁護人と検察官のやり取りは見られませんでした。しかし、いま自分が大学で勉強していることが実際の判決の中でどのように運用されているのかを知ることができて、とてもいい経験になったと思います。また、主文(罪の有無、量刑など)読み上げの際の被告人の様子や弁護士の表情など、刑事裁判の法廷の独特の緊張感も体感することができました。
そして、昨日は夕方から学知で個別指導もしたんですが、そこである生徒に傍聴の話をしました。で、そこで気づいたのが、僕がモチベーションアップのために裁判所に行くのは、受験生がじぶんの志望大学を見に行くのとまったく同じだということです。
僕は、法廷の様子を眺めながら、将来じぶんがそこに立っている(もちろん被告人としてではなく!)時の姿を想像して内心にやにやしていました。かつて高校生だったときの僕も、愛知から東大のキャンパスまでやってきて、将来そこを闊歩する(もちろん単なる散歩中の人としてではなく!)じぶんの姿を思い浮かべて(その時は露骨に、笑)にやにやしていました。
じぶんが望む“自分の姿”を具体的にイメージできると、自然ともう少しがんばろう、という気分になれるはず。
長い夏休み、ちょっと勉強するのに疲れたら、半日ぐらい志望校のキャンパスを散歩してみるのも良いかもしれません。遠くてすぐには行けないという人は、近所の大学でも構わないと思います。どこであれ、大学には“学問の場”としての独特の雰囲気が備わっています。そういった雰囲気の中で勉強する自分の姿を想像して、再び勉強を続けるエネルギーを大学のキャンパスから分けてもらいましょう。
夏休みにいかにモチベーションを維持して勉強できるかが、秋以降の実力アップ、ひいては入試合格にもつながります。そういう意味では、タイトルのことばもあながち大げさなものではないはずですし、ましてやおやじギャグ(ry
それでは次回の更新でお会いしましょう!…そろそろタイトルのネタも苦しくなってきた奥田パパでした(いいネタ募集中!)
皆さんこんにちは。木曜日チューターの奥田です。毎日蒸し暑いですが、この時期を過ぎればいよいよ夏本番ですね。
前回、意味深な、含みのある言葉を残して筆を(キーボードを叩く手を?)おいたにもかかわらず、今日まで更新をほっぽらかしておりました。お許しくださいませ。
さて、僕は前回のラストに「『大学入試センター』の『試験』を受けた」と書きました。大学の4年生にもなってどうしてセンターを?と疑問に思うかもしれませんが、紛れもなく事実です。ただし、受けたのは「大学入試センター試験」ではありません。
なにやら禅問答の様相を呈してきましたが、タネを明かせばいたってシンプル。じつは、大学入試センターは「センター試験」以外に「法科大学院適性試験」という、ロースクール志望者向けの試験も作成・実施しているのです。僕が先日受けてきたのは、その「適性試験」なんですね。
現在、司法試験制度は大きく変わりつつあり、再来年以降は原則、学部卒業後に法科大学院(ロースクール)に入り、その課程を修了してからでないと司法試験を受けられないようになります。そして、そのロースクールの入学試験の際に、前もって受けなくてはいけないのが「適性試験」なのです。
形式はセンターと同じマーク式で、文理問わず幅広いジャンルの専門的な文章を速読し要点をつかむというセンター現代文のような問題と、推理ゲームのような論理力・分析力をはかる問題から構成されています。なかなか面白い問題がそろっているので、法学部志望の人や論理パズルが好きな人などは、大学入試センターのホームページにアップされている問題をのぞいてみると良いでしょう。
で、そんな「適性試験」にチャレンジして来た僕ですが、会場に向かう道すがら、ある生徒のこんな言葉を思い出しました。
「普段は分かる問題なのに、模試や試験になると緊張して解けなくなってしまう」
ある特定の生徒というより、こういう話は割と多くの生徒から聞きます。皆さんの中にも身に覚えのある人は多いのではないでしょうか?かくいう僕も、試験のたびに「普段ならもっとできてたはずなのに…」と歯がゆい思いをしていた一人です。僕は、結局なんども何度も試験や模試を受ける中で、次第に神経が図太くなっていった感じなので、試験での緊張がどう克服されていったのか、具体的に意識をしたことはありませんでした。
とはいえ、現に試験で緊張して思うように結果が出せない、と悩んでいる生徒がいる以上、ひと言「慣れろ!!」で済ませてしまうのもいかがなものかと思いました。そこで、久々に大きな試験を受ける自分が、どうやって試験での緊張をコントロールしているのか、少し意識してみることにしたのです。
結論を先にいうと、そこで気づいたのは、試験開始5分前にどう行動するかが大事なのではないか、ということでした。
入室期限時刻が過ぎ、試験監督が入室しても、そこまで緊張しません。マークシート(つい3年前のことながら、センターを思い出して懐かしかったです)が配られ、名前等を記入するときも然り。しかし、問題冊子が配られたあとの、試験開始までの約五分間で急に緊張感が増してくるのです。思うに、この普段にはない長めの「沈黙時間」が、非日常の感覚を否応無しに受験生に与えるのではないでしょうか。
そんな時、どうすれば緊張感を和らげることができるのでしょう。今回はじめて気づいたのですが、僕の場合は、無意識のうちに机から顔を上げ、周囲の様子を観察していました。すると、周りの受験生も自分とおなじように緊張しているということがよく分かるのです。それどころか、なぜか試験監督まで若干緊張の面持ちだったり。「そうか。緊張しているのは自分だけではないんだ」。当たり前のことですが、そのことを目の当たりにしてみることで、不思議なほど緊張感は薄れてきます。
そして、観察していて気づいたのですが、受験生の多くは、5分間ずっと時計とにらめっこをして開始までの残り時間を気にしているか、分かりきったことしか書かれていないはずの問題冊子の注意書きをずっと読んでいるようです。これでは周りのひともおなじように緊張しているということに気づくはずもなく、自分だけがナーバスになっているのではと錯覚しても不思議はありません。そんな心理状態で、いつも通りの結果を出すという方が奇妙なことでしょう。
というわけで、緊張を100%なくすことは不可能ですが、周りも自分と同じく不安な気持ちを抱えながら問題冊子に対峙しているんだと認識することで、少しだけ普段の精神状態に近づけることはできると思います。当たり前に聞こえるかもしれませんが、実際にそのことを試験会場で自分の目で見て確認している人は少ないと思います。是非お試しあれ!
高3生の皆さんの中には、この夏、大学別の模試を受ける人も多くいると思います。なるべくベストに近いコンディションで結果を出したいこの夏、“緊張”対策も大切ですよ。そういう意味での今回のタイトルであって、決しておやじギャグなどでは…。
今回は長くなってしまいました。それでは次回の更新でお会いしましょう。…奥田パパでした!
前回、意味深な、含みのある言葉を残して筆を(キーボードを叩く手を?)おいたにもかかわらず、今日まで更新をほっぽらかしておりました。お許しくださいませ。
さて、僕は前回のラストに「『大学入試センター』の『試験』を受けた」と書きました。大学の4年生にもなってどうしてセンターを?と疑問に思うかもしれませんが、紛れもなく事実です。ただし、受けたのは「大学入試センター試験」ではありません。
なにやら禅問答の様相を呈してきましたが、タネを明かせばいたってシンプル。じつは、大学入試センターは「センター試験」以外に「法科大学院適性試験」という、ロースクール志望者向けの試験も作成・実施しているのです。僕が先日受けてきたのは、その「適性試験」なんですね。
現在、司法試験制度は大きく変わりつつあり、再来年以降は原則、学部卒業後に法科大学院(ロースクール)に入り、その課程を修了してからでないと司法試験を受けられないようになります。そして、そのロースクールの入学試験の際に、前もって受けなくてはいけないのが「適性試験」なのです。
形式はセンターと同じマーク式で、文理問わず幅広いジャンルの専門的な文章を速読し要点をつかむというセンター現代文のような問題と、推理ゲームのような論理力・分析力をはかる問題から構成されています。なかなか面白い問題がそろっているので、法学部志望の人や論理パズルが好きな人などは、大学入試センターのホームページにアップされている問題をのぞいてみると良いでしょう。
で、そんな「適性試験」にチャレンジして来た僕ですが、会場に向かう道すがら、ある生徒のこんな言葉を思い出しました。
「普段は分かる問題なのに、模試や試験になると緊張して解けなくなってしまう」
ある特定の生徒というより、こういう話は割と多くの生徒から聞きます。皆さんの中にも身に覚えのある人は多いのではないでしょうか?かくいう僕も、試験のたびに「普段ならもっとできてたはずなのに…」と歯がゆい思いをしていた一人です。僕は、結局なんども何度も試験や模試を受ける中で、次第に神経が図太くなっていった感じなので、試験での緊張がどう克服されていったのか、具体的に意識をしたことはありませんでした。
とはいえ、現に試験で緊張して思うように結果が出せない、と悩んでいる生徒がいる以上、ひと言「慣れろ!!」で済ませてしまうのもいかがなものかと思いました。そこで、久々に大きな試験を受ける自分が、どうやって試験での緊張をコントロールしているのか、少し意識してみることにしたのです。
結論を先にいうと、そこで気づいたのは、試験開始5分前にどう行動するかが大事なのではないか、ということでした。
入室期限時刻が過ぎ、試験監督が入室しても、そこまで緊張しません。マークシート(つい3年前のことながら、センターを思い出して懐かしかったです)が配られ、名前等を記入するときも然り。しかし、問題冊子が配られたあとの、試験開始までの約五分間で急に緊張感が増してくるのです。思うに、この普段にはない長めの「沈黙時間」が、非日常の感覚を否応無しに受験生に与えるのではないでしょうか。
そんな時、どうすれば緊張感を和らげることができるのでしょう。今回はじめて気づいたのですが、僕の場合は、無意識のうちに机から顔を上げ、周囲の様子を観察していました。すると、周りの受験生も自分とおなじように緊張しているということがよく分かるのです。それどころか、なぜか試験監督まで若干緊張の面持ちだったり。「そうか。緊張しているのは自分だけではないんだ」。当たり前のことですが、そのことを目の当たりにしてみることで、不思議なほど緊張感は薄れてきます。
そして、観察していて気づいたのですが、受験生の多くは、5分間ずっと時計とにらめっこをして開始までの残り時間を気にしているか、分かりきったことしか書かれていないはずの問題冊子の注意書きをずっと読んでいるようです。これでは周りのひともおなじように緊張しているということに気づくはずもなく、自分だけがナーバスになっているのではと錯覚しても不思議はありません。そんな心理状態で、いつも通りの結果を出すという方が奇妙なことでしょう。
というわけで、緊張を100%なくすことは不可能ですが、周りも自分と同じく不安な気持ちを抱えながら問題冊子に対峙しているんだと認識することで、少しだけ普段の精神状態に近づけることはできると思います。当たり前に聞こえるかもしれませんが、実際にそのことを試験会場で自分の目で見て確認している人は少ないと思います。是非お試しあれ!
高3生の皆さんの中には、この夏、大学別の模試を受ける人も多くいると思います。なるべくベストに近いコンディションで結果を出したいこの夏、“緊張”対策も大切ですよ。そういう意味での今回のタイトルであって、決しておやじギャグなどでは…。
今回は長くなってしまいました。それでは次回の更新でお会いしましょう。…奥田パパでした!